どうも、タカハシ(@revolog_T)です。
どうも、最近やる気にムラがあって自分でも困っています(-_-;)
ある日の夕方から夜にかけては、
「よし!今日は1500文字以上のブログ最低5記事は書くぞ~🔥!」
みたいにやる気に満ち満ちているかと思えば、
またある時は、
「ダリ~、ブログ書くとかもう一生ムリ!アニメでもみよ~( ´ー`)y-~~」
みたいに日がな一日ダラダラしていたりする…。
ホント、コンスタントに一つのことを継続できる方は、尊敬しますが、
私は今のところ、このムラありまくりなやる気とうまくつきあっていくしかなさそうです。
やる気…ちょっと格好いい言い方をするなら、”モチベーション”ってやつでしょうか。
このモチベーションについて、昨日、ある酒のみライター仲間から気になる話を聞かされました。
それは、ソイツの上司の息子さんの話なのですが…
1万円の魔力っておそろしや
先ほど紹介した息子さん、
仮にK君とでもしましょうか。
K君は、今年中学に上がったばかりで、以前から、特に何も言わなくても歴史の教科書とか、大人でも理解できないような哲学書とかを何時間でも平気で読んでるような、
勉強をしない子供を持つ親にとっては、と~~っても羨ましい&スバラシイお子様だったのだそうです。
そんな彼が、中学に入って初めての実力テストで学年2位の成績をとりました。
それでも十分スバラシイ結果だとは思うのですが、
父である上司の旦那は、
(この調子なら、もうちょっと頑張れば1位がとれるぞ)
と考え、K君にこんなことを言ったそうです。
「なあ、K。今度のテストで、もし学年1位を取ったら、ご褒美に1万円をあげよう。これは男の約束だ。だから、ママには内緒な。」
・・・1万円。
大人にとっては、何気ない金額かもしれませんが、
私にとって…いや、まだ中学生のK君にとって、それは、滅多に手にできないような大金だったはずです。
(1万円あれば、欲しかったあのゲームも、あの漫画も、あれもこれも買えるぞ…。)
彼がそう思ったかどうかは、分かりません(これは、私が同じ立場だったらこう思うかなという想像上の心の声(笑))。
そんな約束を交わしてから、K君は何かにとりつかれたかのように、今までになかったくらい熱心に勉強し、次のテストで見事学年1位を取りました。
そして、約束通り、父から1万円を受け取ります。
そして、1万円の約束は、次のテストも、そして次のテストでも交わされました。
そして、K君は、毎回テストで1位をとり、そのたびに1万円を手にしました。
男の約束、ついにバレる
やがて、K君の部屋には、いつももらっているお小遣いではとても買えないような、高価なゲームや大量の漫画などが溢れかえるようになりました。
その様子を不審に思った彼の母親が、K君に、
「これ、どうやって手に入れたの?」と尋ねると、
「ああ、これ?お父さんからもらったお金で買ったんだよ。」
と、何気なく答えてしまいます。
これで、しばらく続いた男の約束は、ついに白日の下にさらされることに…。
それから、夫婦で話し合った結果、子供をお金で釣るのはよくないという結論に達し、
次のテストからは、1万円の約束は交わされないことになったのだそうです。
すると、K君は、まるで人が変わったかのように勉強に対し無気力になり
順位も学年10位を下回るまでに落ち、現在進行形で成績は下降線を辿っているのだという話でした。それで、どうしたもんかと悩んでいるという話。
ここまで。
これが、私がそのライター仲間から聞いた話の概要なのですが、
これを聞いて思い浮かんだのは、以前カウンセリング関連の本で目にした、
内発的モチベーションと外発的モチベーションという話でした。
専門家ではないので詳しいことは分かりませんが、
2つの違いを簡単に説明すると、
・内発的モチベーション
内発的モチベーションとは、自分の中から自然と湧き上がる好奇心や関心のこと。
・外発的モチベーション
それに対し、外発的モチベーションとは、何らかの報酬が発生することが動機付けとなって生まれるモチベーションのこと。外的な要因の例としては、報酬(お金)、上司からの評価、異性にモテる、友達から尊敬されるなどが典型的な例として挙げられます。
てな感じ。
2つのモチベーションの微妙な関係
もともと、K君は、歴史や哲学などの勉強が大好きでした。
これは、誰から強制されたわけでも、何らかの報酬が用意されていたわけでもなく、純粋に自らの興味関心による内的モチベーションが発揮された状態だったと考えられます。
それが、ある時を境に、モチベーションの質が内的なものから外的なものへと変化してしまいます。
それは、お分かりの通り、父親と交わされた一万円の約束によってです。
普段、やる気とかモチベーションという言葉を使う際、それがどのような要因によって生み出されたものかということは、あまり問題にされないのがフツーです。
私自身、本で知識を得ていなければ、
単に「やる気のある/なし」とか「どうしたら、やる気が起きるのか」みたいなことだけに関心が向き、そのモチベーションの質みたいな話には、たぶん意識が向かなかったと思います。
さて、話をK君のことに戻すと、
1万円を受け取ることによって、K君のモチベーションは、内的なものから外的(な要因を条件とする)モチベーションへと変化したと推測されます。
その結果、1万円という報酬が発生しなくなった途端、彼のやる気は失われてしまったと考えられるのです。
外的モチベーションは内的モチベーションを駆逐する
ややオーバーな表現ですが、内的なモチベーションは、その性質上、かな~り繊細です。
そのため、じっくりと自分と向き合う時間や意識を確保しないと、簡単に見失ってしまいます。
まして、現代では、さまざまな外的な刺激に満ち溢れ、その多くがインスタントな報酬を提示していますから(○○で○○万円簡単に稼げる方法!だとかこの方法で異性にモテモテ!だとか…)、
そのような誘惑を完全に振り払うのは容易ではありません。
そして、魅力的な報酬の存在を前提にした外的モチベーションの厄介なところは、
内的なモチベーションと簡単に置き換わってしまうところです。
それは、先ほどのK君の例からも明らか。
とりわけ、儲けたい!モテたい!認められたい!という3Mと呼ばれるの欲求は人間にとって抗い難い強烈な衝動として、外的モチベーションのトリガーとなります…ていうかほぼほぼこの3つのどれかだと思う。
外的モチベーションは絶えず報酬のアップデートを要求する
人間は、かなしいかな”慣れる”生き物です。
かつては魅力的に映った報酬も、それを得ることが当たり前になってしまえば、もはややる気を引き起こすためのインセンティブとはなりえなくなります。
1万円もらうことが当たり前になれば、次は2万円…5万円と報酬を上げていかない限り、高いやる気を維持することはできないということです。
例えば、プロ野球選手が、
「アマチュアの頃のように、純粋に野球を楽しめなくなった。」
というような悩みを打ち明けることがありますが、
これは、内的なモチベーション(野球が好きでたまらない!)が外的なモチベーション(多額の報酬を受け取ること)によって取って代わられたことが原因の一つだと考えられます。
プロである以上、パフォーマンスがよくなければ報酬は横ばいもしくは、減俸ということにもなるでしょうから、それでモチベーションが失われるという可能性は想像に難くありません。
内的モチベーションをどう保ち続けられるか
私が思うに、内的モチベーションは、
自分が生まれ持った資質に根ざした行動をとっているとき発揮される最強のやる気なのです。
これは、誰が何といおうと、外的な条件がどう変わろうと、沈静化することはあっても基本的に失われることは無いものだと思っています。
そして、長く物事を継続していくためには、この内的モチベーションの働きがかかせません。
確かに、外的要因は、瞬間的には、高い効果を発揮し、爆発的なやる気を引き起こすかもしれませんが、それによって生み出されたモチベーションは、自らの取り組みが思ったような報酬や評価につながらなかったとき、簡単に消え去ってしまいます。
昔の人は、
好きこそものの上手なれ。
といういい言葉を残してくれました。
この”好き”という部分が、いわば内的なモチベーションだと捉えることもできるでしょう。
要は、その好き!を自分の中でどれだけなが~く引っ張れるか・保てるかということだと思います。
やる気がしないときってさ・・・
そうなんですよね、だいたい、知らぬ間に入れ替わってたりするのですよ。
内的モチベーションと外的モチベーションが。
いつの間にか、金に目がくらんで…。
ブログで言えば、どうやったらPV数が稼げるか…とかね。
結局、こういうのは全部外的なモチベーションで、かなり諸刃の剣だと警戒しなければならないわけで…。
書くことが好き!
書くことが楽しい!
もっと、楽しめるものを作りたい!
できなかったことができるように自分のスキルを拡張していきたい!
こういう内面からムクムクと湧き上がる欲望…を大事に大事に温めながら、
日々、安定的なモチベーションを保ち続けていけたらいいなあ…。
とりあえず、今のやる気がドコカラもたらされているものなのか。
それは、日ごろから意識的にチェックしておきたいな、と思ったのでした。
それでは、また。