【天才はあきらめた】オードリー若林さんのあとがきの感想文

本のこと

「山ちゃんは、自分の弱さを隠さない。

だから、後輩に誕生日を祝ってもらい、マツコさんや千鳥に可愛がられ、

マネージャーの片山さんにも助けてもらえる。」

 

というようなことが天才はあきらめたという本のあとがきに書いてあってハッとさせられた。

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「山ちゃんはヤンキーなのだ。」

そんな刺激的な一文にもドキリとする。

 

もちろん、千葉出身とはいえ(千葉の方ごめんなさい)、

武闘派ヤンキーではなく、精神的にヤンキーなのだという話だが、

 

確かに、言われてみれば山ちゃんはいつも何かと闘っているイメージがある。

・先に売れた同期芸人への恨みと嫉妬

・自分たちには挨拶せずに、売れっ子芸人が来るや高い声で「おはようございます!〇〇です、よろしくお願いします!」と媚びを売るアイドルへの怒り。

・街ゆくカップルに対してや、コンビニ店員、はたまたSNS上のクソリプまで、

 

負のエネルギーが向かう矛先は常に角度を変え、獲物を変えしつつ鋭利に相手の急所を突こうとしている。

 

 

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山ちゃんは、恨みつらみを糧に前に進む芸人だと思っていた

 

この本を読む前までは、本当にそう思っていた。

 

コンプレックスをバネに。自身のなさをバネに。そして何より自分をバカにした相手を見返す…どころか叩きのめすために、常にナイフを研いで闘いに備える男なのだと。

 

もちろん、キャラづくりなのはわかっていて、どこか変質者のような風貌もそのイメージに拍車をかけたのも事実。

 

しかし、である。

 

山ちゃんの本質(すごいところ)は、弱みを隠さないこと、なのかもしれない。

 

もしかしたら、芸人は山ちゃん以前、以後であり方が変わってしまうのかも

 

よく芸人の間で言われることとして、

 

ダウンタウン以前・以後でお笑いの歴史はガラッと変わった。

というのがあるのをご存じの方も多いことだろう。

 

じゃあ、具体的にどう変わったの?

それ以前とそれ以後で決定的に変わったのは何?

と詰問されると

レボログ
レボログ

う…

 

と言葉に詰まってしまうけれど。

 

ただ、その言い回しになぞらえるなら、

芸人のあり方は、山ちゃんの登場以前、以後で変わっていくかもしれない、ふとそんなことを思った。

 

これはナイツ塙さんも本の中で書いていたことだけれど、関東ツッコミの形は明らかに山ちゃん以前以後で大きく変わった。

 

それまでボケを引き立てるアシスト役だったところから、ボケからボールを奪い取り自ら点を取りに行くような、ボケを引き立て役に自ら輝く主役ツッコミ。

そんな新ジャンルを開拓したのが山ちゃんという芸人なのだ。

 

もちろん、それを可能にしているのは、オードリー若林さんをして脳幹か言語野がバグっているといわしめるほどのワードセンス、それゆえ、なかなかマネできることではないと思うけど。

 

 

さて、

ツッコミの歴史は山ちゃん以前以後で変わった、という塙さんの分析を引き合いに出しつつ

ツッコミという枠にとどまらず、芸人そのもののあり方も山ちゃん以前、以後で変わってしまうのでは?という考えについて。

 

キーワードはやはりここでも

「弱さを隠さない」

である。

 

例えば、とんねるずなんかは典型だと思うけれど、

彼らは決して自分のダメなところを表に出さない。

 

常に、出来る自分たち、イケてる自分たちを演出し、後輩芸人たちをイジッて笑いをとる印象が強い。

 

これはダウンタウンなんかも近いところがあって、

 

もちろん、毎年年末恒例の笑ってはいけないシリーズでは、ダウンタウン自らケツをしばかれるという形で体を張っているから、完全に弱さを覆い隠しているわけではない。

 

しかし、やはりベースにあるのは、

出来るオレ、イケてるオレらが敢えてシバかれにいってる。という強者の自虐だ。強いからこそ堂々と自虐ネタを披露できるのだ。

 

そこへきて、山ちゃん革命である。

 

ことわっておくが、山ちゃんは天才だ。強者だ。

だから弱いわけではない。

 

やっていることは、ダウンタウンと同じ強者の自虐に分類されると思う。

 

しかし、山ちゃんの見せる弱さは、

 

運動神経がなくて笑えるとか、

タイのキックボクサーに蹴られて倒れこむとか、

 

そういういわば陽質な弱さではなくて、もっとドロドロした醜い部分、

恨みや嫉妬…理不尽な嫌悪感。といった陰湿な弱さなのだ。

 

それを表に出したら、周りから引かれてしまうような考え。

それすら、山ちゃんは隠さない、しかもそれを笑いに変えてしまう。

 

多分、これまで多くの芸人さんたちが陰湿な醜い弱さを表に出さなかったのは、

単純にそれが笑いにつながらなかったからだと思う。

 

「オレ、同期のあの芸人が死ぬほど嫌いでね。」

そんな話題で、ちゃんと笑いを取るのは至難の業だ。だって普通引くもん。

 

しかし、それを隠さず公言しておいて、

なおかつこれだけ多くの人に愛される山ちゃんってなんなのだ。

 

 

 

それでも、前を前を向く芸人だから

 

本を読む限り、きっとそうなのだと思う。

 

もちろん、

「あいつは妬みや恨みを言わせたら右に出るものはいないしな。」と

他の芸能人ディスりワングランプリ(仮)の初代優勝者最有力候補として認知されたから、というのもあるだろう。

 

しかし、きっと本質はそっちではない。いくらほかの芸人やタレントに嫉妬したり、恨み言を言ってもそこで腐らずその負のエネルギーを糧にぐんぐん前に進む。

眠くなったら、自分たちをあざ笑ったスタッフやシカトしたアイドルの顔を思い出してネタを考える。

 

そういう男だとみんな知ってるからこそ、山ちゃんは愛されるのだ。

 

そして、自分たちをバカにしたやつらは許さないヤンキー山ちゃんも、自分のこと助けてくれた相手や、苦しい時に救いの手を差し伸べてくれた人への恩義はずっと忘れず持ち続けている。

 

まさに、義理人情に熱いヤンキーどころか菅原文太も太鼓判の仁義ある芸人(もちろん精神的な意味で)である。

 

若林さんの言葉を借りるなら、愛を知った妖怪は最強なのだ。

隠しごとをしない相手は信頼できる

 

人は基本的に自分が誰よりも好きだと思う(家族は別として)。

というか自分よりも好きな他人がいる人っているのだろうか。

 

自分のことが誰よりも好きな理由は、弱い部分も含めてすべてを知っているから。

隠し事ができない存在だから愛おしい…というか愛おしく思わずにはやってられないという感じ。

 

そう考えると、

山ちゃんが好かれる理由もやはり、隠し事をしないことにあるのではないかという気がせずにはいられない。

もちろん、あの人とのどんなプライベートも包み隠さず文春さんを通してご報告するという意味ではない。

 

深夜遅くまでがむしゃらにネタ作りする姿や、嫌いな芸人の話、アイドルに舐めプされてムカついた話。

他の人が圧倒的に隠そうとする部分を隠さないのだ。だから信頼されるし、愛される。

 

弱さを隠さないために

 

ちょっと前に、

アメトーークで人見知り芸人という企画がヒットして軽く衝撃を受けたのを覚えている。

 

人前にぐいぐい出ていく芸人が人見知り。

しかも、それを隠さず公言して、笑いにしている。

 

今思えば、あのあたりから、それまで隠すべき弱さとみなされていたものを堂々と表に出していいんだ!という雰囲気が盛り上がってきたように思う。

 

むしろ、人見知りだからこそ、人一倍気を使って、周りに気配りもして

結果売れっ子になっていったんだな…この人たちはと思ったら、その回に出演していた芸人さんたちのことをますます好きになった。

 

オードリー若林さんの書いたあとがきを含め、

この本を読んで気づかされたことは、月並みだけれど、

 

弱さを隠さないことの大切さ。

そして弱さを克服するための努力も隠さなくていいということだった。

 

むしろ、最近は自分の努力の過程を表に出す方が評価される風潮な気がする。

意識の高さをごり押しする意識高い系なんてまさにその典型だろう。

 

でも、やっぱり怖い。

 

弱い自分をさらけ出すのは…

命綱がつながっているとわかっていても、バンジージャンプできないような高所恐怖症なやつみたいなもんで、やってみればなんてことなくても、やっぱり一歩踏み出すのは怖い。

 

もし、命綱が途中で切れたらどうしよう。

んなことありえないんだけど、そんな風に無理やり心配事をつくって安全なところから出ない言い訳にしてしまう。

 

でも、それではいけないんだよね。

 

というわけで、ここからしばらくは、弱さをさらけ出す…をテーマに生活してみようかなと…。

具体的に何をどうすればいいのかはっきりしないけれど、

 

多分わかることだと思うので。

 

レボログ
レボログ

あ、今、俺弱さを隠そうとしてカッコつけてるわ。

 

という心の声はしっかり聞こえてくると思うので。

それを頼りに少しずつ自分を変えていこうと。

 

 

それでは、また。