食事的な行為と歯磨き的な行為

最近、

食事と読書って、似ている面があるな

ふとそんなことを思った。

どこが似ているのかといえば、それは

過ぎたるは及ばざるが如し。

的な部分(なんじゃ、そりゃ笑。

当たり前のことだけど、いくら栄養価の高い食べ物でも、食べ過ぎれば太るし、それでも食べ続ければ、やがては病気にだってなるだろう。

食べるという行為は、体の状態とわりと直接的に関わっているので、

結構、誰でも自覚的になりやすいのだと思う。

一方で、読書はというと、

こちらは、どちらかというと

読めば読むほど良い。

的な空気が世の常識のようになっている気がする。

でも、果たして本当にそうなんだろうか?

確かに、いくら本を読んでも、目に見えて太るというような肉体的な変化は起こらない。

だから、いくら読んでも問題ない…のかというと、やっぱり、ちょっとだけ疑問。

”心の贅肉”ってやつ?

もし、本を読む目的が、知識を得るためで合ったり、ノウハウを学ぶ、ライフハック的な意味合いだとしたら、むしろ、読み過ぎは時にマイナスの影響だってあるんじゃないだろうか。

読書がマイナスになるかもしれないケース

まず第一点として、

当たり前のことだけれど、いくらノウハウをコレクトしたところで、それを実践しなければ意味がない、ということがある。

つまり、実践のシンドさから逃れるかのように、本を読んでいることを言い訳にして行動に移さないという本末転倒なことが起こるんじゃなかろうかと。

そして、読書の弊害として、もう一つ考えられること。

それは、

そもそも知識自体が、本人の内面を蝕んでいくみたいなケース。

普段、本を読む方なら、たぶん、分かると思うけれど、世の中には、必ずしも読者にいい影響を与えない本というのが少なからず存在する。

しかも、そういう本に限って魅惑的なタイトルや装丁で読者を巧みに誘うものだから、余計に質が悪い(まるで、悪女のようだ(笑

だから、ついつい魅入られた結果、そういう本の毒にあたってしまう…ということはあるだろう。

ノウハウ自体がバッティングするケース

また、それぞれはスバラシイ知識や方法論でも、互いに矛盾するような言説を唱えた本というのも存在する。

もし、ようやく自分の中に根幹となる思想や、メソッドのようなものが出来つつある

といった段階で、そういうものに出会ってしまうと、せっかく築いたものが見事に破壊され、その結果、大いに混乱してしまう可能性もある。

ひどい場合は、心身のバランスを崩して、最悪うつ病になってしまうことも…。

もちろん、一口に読書といっても純粋な楽しみ、エンタメとして読む分には全然OKだとは思います(池〇戸潤とかね)。

ただ、少しでも打算的な目論見があって本を読んでいるのであれば、読み過ぎには気を付けた方がいいのではないかと。老婆心ながら。

歯磨き的な行為

食事と関連して、時を同じくして、もうひとつ連想されたのが歯磨き的な行為というイメージだった。

これは、どういうことかというと、日々継続してコンスタントに取り組まないと意味がないし、なかなか成果が上がらないタイプの行動のこと。

単純に、

「3日おきに歯磨きしても、虫歯になっちゃうでしょ?」

そういう話デス。

よく、

「どんな仕事もプロのレベルに達するには最低1万時間必要。」

だとか

「10年間、休むことなく取り組めばその道で食っていける」

ということが言われたりするけれど、これらはいずれも、継続することで初めてモノになるということ、つまりは継続することの大切さを表しているのだと思う。

食事的な行為と歯磨き的な行為の違いとは?

これは、完全な私見だけれど(笑、

食事は、食べたくなければ、別に食べなきゃいいと思う。

現に世界には、不食で生きている人が10万人以上いるとも言われているし、

タモリさんだとか、体操の内村選手とか、午房茶で有名な南雲医師だとか、一日1食を取り入れている有名人は意外に多い。

あ、もちろん病気の場合とかは別ね。

必要なものは体が知っている

・・・と思うのです。

だから、体の声に耳を澄まして、

「あ、今、私の体はみかんを欲しているな!」

と感じたら、みかんを食べたらいいし、

「朝ごはんは必ず食べなければならないとか言われてるけど、食べない方が調子がいいんだよな…」

と思えば食べなければいい。

つまり、その時々の自分の状態に合わせて、

食べる/食べない

という選択をしていけばいいということになる。

先ほどの読書の例で言えば、

毎日必ず20分本を読む!と決めるのではなく、

「あ、今、俺は政治に興味関心があって、知りたいと思っているんだな。」

そう感じれば、それ系の本を読めばいいし、

「今は、心身の状態がすこぶる良くて、特に余計な知識は加えない方がいいかも。」

と思えば、敢えて本を読まずに、目の前のことに集中するという選択が吉、という場合だってあるはずだ。

一方で、歯磨き系の行為には、どのようなものがあるかというと、

典型的なものとしては、やはりクリエイティブな分野がわかりやすいだろう。

小説を書く、絵を描く、動画やアニメを制作する。

このような技術は、一朝一夕ではとても身に付くものではないし、それこそたゆまぬ継続の果てに徐々にスキルが磨かれていくものである。

だから、食事的な行為とは違って、休むわけにはいかないのだ。

嫌でも、気分が乗らなくてもやる!10分でも5分でもいいから机に向かう!

そういう覚悟が必要なのだろうと思う。

もし、自分が将来、その分野で食っていきたいと思うのであればなおのこと。

まとめ・・・まとめ?

とりあえず、私事としては、

食事的な行為を歯磨きのように継続してないか、

歯磨き的な行為を食事のようにその時の気分で行っていないか、

そういう自己反省っぽいことを、

これから少し、意識的に取り入れたいかなと思っているところではあります。

というか、この記事は、ほぼ私自身の戒めとして、反省文として書かされたもの(誰にだよ笑…だったような(-_-;)

そんなこんなで、またまた、つまらない記事がひとつ出来上がってしまったけれど、ま、こればっかりは仕方ない(笑

それでは、また。