【レベル2】もしムーミン谷にスナフキンがいなかったなら…

どうも、孤独専門家(3か月後にそう名乗る予定(笑)のタカハシです。

先日、

今年のセンター試験(地理の問題)でムーミン谷の場所を尋ねる問題が出題され物議をかもしたらしい…

というのをニュースで目にしました。

その問題というのがこちら。


正解はフィンランド。

ということらしいけれど、何だかなあ。

そのことを受けてフィンランド大使館がすかさず、

ムーミン谷はあなたの心の中に

とツイート。

やっぱり、本家はムーミン愛が違うなあと改めて思うと同時に、大臣や大使館がこんな”粋”な対応をみせてくれる国っていいなあ、一度行ってみたいなあと思うのでした…って、結局センター試験の正解の方にひっぱられてるやん(;・∀・)

そうでしたね、ムーミン谷は心の中に。

思い描けば、いつでもふらっと訪ねていくことができるのでした。

突然ですが、

今回の主役はスナフキンです

そうです(笑

知ってる人も多いと思うけれど、

和気あいあいと暮らすムーミン谷の仲間たちの中で、スナフキンの存在はちょっと特別。

というのも、彼は定期的に孤独な時間を確保しないプッツンしてしまう(?)自分を保てない(カッコよく言うと孤独を愛する)さすらいの旅人という、子供向けのアニメ―ション作品に登場するにしてはちょっと珍しい性格の持ち主。いくらムーミンたちが引き留めても、時期が来たらまるで渡り鳥のように旅に出てしまいます。

でも、ムーミンをはじめ、谷の仲間たちは、みな、そんな彼を変人扱いすることもなく、当たり前のように慕っている。

彼の言葉にしずかに耳を傾け、リスペクトしている。

その雰囲気がまた、たまらなくイイ!のです。

孤独王子スナフキンのしびれる名言たち

孤独王子・・・?

スイマセン、思い付きで何となく、

そんな呼び方がぴったりかなと。

もし、スナフキンが実はどこかの国の王子様で、水戸の黄門様よろしくお忍びで旅をしていた…なんて裏設定が発覚したとしても、まったく驚かない気がする。

「ああ、やっぱりスナフキンはタダモノじゃなかったんだな…。」

どこか、そんな風に納得しそう。

ちなみに、本当の裏設定では、スナフキンはミーの弟なのだそうです。

スナフキンも大分大人な感じがするけど、じゃあ、ミーいったい何歳なんだろ(笑

それはともかく。

そんな孤独を友に旅を続けるスナフキンですが、数々の名言(名ゼリフ)を残していて、それがまた、ひとりのときに見ると染みるのです…。

というわけで、今回は孤独マスター…じゃなくて、孤独王子スナフキン様のありがたいお言葉から、ちょっとだけ勇気をもらうことにいたしましょう。

では、さっそく。

長い旅行に必要なのは、大きなカバンじゃなく、口ずさめる一つの歌さ


これは、スナフキンファンには有名すぎるくらい有名なセリフかもしれない。

「人生で大切なものって、実はそんなに多くないぜ。」

心の中にいろんなものを抱えてしんどくなってるときに、この言葉を思い出すと、

ふっと優しくそよ風に背中を押されたような気がして、

「あ、そうだよな、とりあえず口笛でも吹きながらいきますか。」

と気持ちが軽くなります。

あんまり誰かを崇拝するということは、自分の自由を失うことなんだ


そうですよね…

不安なとき、自信が持てないとき、

どうしても他人の方が正しいことをしているような気がして、それまで自分が信じていたものを信じ切れなくなったりする。

そうして、他人の考えや方法論にすがってみるんだけど、どうもしっくりこない。

それって、もしかしたら、目先の安心と引き換えに自ら自由を放棄してることに対して、

心が悲鳴を上げているサインなのかもしれません。

何でも自分のものにして持って帰ろうとすると難しいものなんだよ。

ぼくは見るだけにしてるんだ。

そして立ち去るときにはそれを頭の中へしまっておくのさ。

そのほうがかばんをうんうんいいながら運ぶより、ずっと快適だからね。


これも、最初の名言と同じくらい私の中で印象的なセリフのひとつ。

余談ですが、さみしさを物欲で埋めようとしているときにこれを読むと、ハッと我に返って節約になりますよ(笑。

自由が幸せだとは限らない


しかり。

おだやかな人生なんてあるわけがない。


そのとおり。特に、人とは違う挑戦的な生き方を選ぶ場合はね。

”そのうち”なんて当てにならないな。いまがその時さ


お金が溜まったら、

自由な時間ができたら・・・

そんな風に”そのうち”を当てにしている間に人生は気が付いたら過ぎ去っていくものなのかもしれない。

僕は自分の目で見たものしか信じない。けど、この目で見たものはどんなに馬鹿げたものでも信じるよ


フェイクニュースという言葉が流行語になりそうなくらい、今の時代には、デマやウソが氾濫しています。そんな時代を予見したかのように、まさに自分の目で見て判断することの大切さを教えてくれる言葉。

いつもやさしく愛想よくなんてやってられないよ。理由はかんたん。時間がないんだ。


スナフキン版「嫌われる勇気」的お言葉。

自分らしく生きようとすれば、どうしたってそれを面白く思わない人が出てくるもの。

そんなとき、イチイチご機嫌伺いをしていたら、やりたいことをやる前に疲れてしまいます。

だめだよ。僕は孤独になりたいんだ。来年の春、また会おう。


友達、友情、仲間。

そんなテーマが大前提にあるはずの子供向けアニメーション作品、あるいは童話の中で、

引き留めるムーミンたちの言葉に流されることなく、スナフキンは孤独な旅にむけ、ある時期が来ると谷から去ってしまいます。

正直、このシーンを見たときは、子供ながらに

この人は、大人なのに、みんなが寂しがっているのに、自分が旅したいから去ってしまうなんて、なんてわがままなで自分勝手な人なのだろう…。

なんていう反感(今にして思うと、スナフキンの考えていることが理解できない怖さみたいなもの)を抱いていました。

ただ、このシーンに出くわした体験はなかなか強烈で、

これまた、今にして思うと、

「人間と孤独ってどういう関係なんだろう?というか、孤独ってなんだろう?みんなを置いていくほど、大事なものなのかな?」

などと、考え始めるきっかけにもなったような気がします。

みんなでワイワイしてれば、それですべて丸く収まってハッピー…?

いやいや、本当はそうじゃないのかも。

大好きな人たちに囲まれていても、あるときふと一人になりたくなる。

それはスナフキンみたいな人にとっては自然なことで、自分らしく生きるために必要なこと。だから、我がままでも悪いことでも何でもないんだ。そう感じられた原体験は、今も私の大切な宝物。

きっと、スナフキンは極めて内向的な気質の持ち主なのでしょうね。

何か 試してみようって時には どうしたって 危険が 伴うんだ 


そうですね、”痛みなくして得るものなし”ってやつも、ぜひセットで。

”知り合いが沢山居たって友達が一人も居ない”って事は有り得るんだよ


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これは、SNSが蔓延した時代に生きる現代人の大きな悩みのひとつかもしれない。

僕は物心がついたときからたった一人で旅を続けてきた。多分、これからもそうするだろう。それが、僕にとっては自然なことなんだ。 


頭では”自分はこうなりたい!”

と思うけれど、どうも気持ちが乗って来ない。

身体が言うことをきかない。

そんな時は、もしかしたら、自分にとっての自然なあり方から外れたことをやろうとしているのかもしれない。

良い悪い、ではなく自分にとって自然なことかどうか。

この考え方って、これからの時代を生きる人たちにとってひとつの指針になるんじゃないでしょうか。

眠っているときは、休んでいるときだ。春、また元気を取り戻すために


そうですね、休息は大事。ただ、春まで眠ってるとさすがに怒られちゃうかな(そういう事じゃねえだろ笑)。

ムーミン「義務って何のこと?」 スナフキン「したくないことを、することさ」


スナフキンは、どうやら義務という言葉があまりお気に召さないようですね。

ただ、義務という言葉を当たり前のように受け入れるのは、ちょっと危険なことなのかもしれません。

余談ですが、スナフキンは

「すべからず!」

という言葉が大嫌いだそうで、

「立ち入るべからず!」という立て札を見つけると、必ず入って行っちゃうんだそうです。

知的でクールな印象の彼ですが、そんなお茶目な面も持ち合わせていたのですね、ちょっと意外。でも、なんかちょっと好きかも(笑。

生きるっていうことは平和な事じゃないんですよ


そりゃ、あなた、国民の義務を果たさなかったら…しかも不法侵入まで繰り返してたら、いろいろと面倒なことにな・・(ってだから、言わんとしてることはそういうことじゃないと思うヨ)。

明日もきのうも遠く離れている


これこそ、金言。まさに、今日一日だけのことを考えて生きるってやつですね。

【関連記事】

油断してると、すぐに昨日や明日の方へフラフラとさまよいがちな私みたいな人間にとっては、すぐにでっも、目に見えるところに貼っとくべき大切な教えナリね。

もし、ムーミン谷にスナフキンが居なかったら…

そうだなあ…

子供向けのいい作品にはなったんだろうけど、きっとそこまで印象に残らなかったんじゃないかな。

私の中で、ムーミン谷は、

「今日は、スナフキン来てるかな?」

と期待しながら、こっそりのぞきに行くような、そんな場所でした。

もちろん、スナフキンが居なくても楽しい仲間がいる素敵な場所には違いないんだけれど、何か物足りない。

それは、甘いだけの飲み物に飽きて、やがてコーヒーのほろ苦さを愛するようになる感覚と近いのかもしれない。

良い物語は、きれいごとだけじゃなく、リアルな世界の容赦の無さや残酷さを隠そうとはしない。


そして、しょっぱすぎず、甘すぎずその味つけが抜群に上手。

私が好きな本やアニメについて考えるとき、なんとなくそんな共通点が浮かんできます。

そして、ムーミンでのスナフキンは、子供にはなかなか理解が難しい、孤独を愛する大人の男性として、物語世界に独特の色気と雰囲気と緊張感とをもたらしている。

スナフキンが登場すると、どこか空気が凛としたものになる。

だからこそ、間延びせずに、物語の世界を味わうことができる、ということはある気がします。

もちろん、子供だから、半分もその言葉や振る舞いの真意は理解できていなかったんだろうけど、ある程度時間が経った今、改めてスナフキンの残した言葉の数々に触れると、孤独を友に旅を続ける彼一流の美学や哲学のようなものを感じることができます。

きっと、ムーミンの作者トーヴェ・ヤンソンにとって、スナフキンは理想の男性を投影したものだったんじゃないでしょうか。

たとえば、竹宮恵子さんにとって『地球(テラ)へ』ソルジャー・ブルーがそうであったように。

ってこれは、私の勝手な推測ですけどね(笑

それでは、また。