フリーハグに意味なんか求めない。ただ心から拍手を送りたいと思った

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つい先ほど、NHKのひとモノガタリというドキュメンタリー番組をみての感想とかを少し。

 

今回の主人公は、桑原功一(Koichi Kuwabara)という方。

 

恥ずかしい話、この番組を見る直前まで、彼の存在も彼が作るユーチューブチャンネルの存在も知らずに、反日デモ真っただ中の韓国でフリーハグを行うアイディアと勇気にただ衝撃を受けた。

 

日本人が反日デモでフリーハグをしてみた 일본인이 반일데모 현장에서 프리허그를 해보았다

 

直感的に思ったのことは、

「これ、下手したら極右のヤバいやつとかに刺されんじゃね?」

 

というありきたりなもので、

私なら100万円積まれたくらいじゃちょっとやりたくない。

 

でも、そんなことを考えていたのでは、きっとこんなアイディアは舞い降りてこないのだ。

勇気というか、ある意味能天気というか(もちろんいい意味で)。

 

オマケに抜群の行動力があればこそなせる業なのだろうと脱帽。

 

 

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世界を放浪するごく普通のフリーターが起こした奇跡

 

桑原さんの人となりに興味がわいた矢先、番組もそんな私をはじめとした視聴者の要求を汲むかのように桑原さんの半生を紹介するパートへ。

 

聞けば、大学卒業後、アルバイトを転々としながら世界各国を旅する自由人(フリーター)だったそうである。

 

なんとなく、

大学で日韓関係を専門に研究する研究者とかかな…

なんて想像しながらみていたので、

ちょっとホッとしたというか急に親しみがわいたというか…

その一方で、ではなぜそんな特に政治的な問題に関心があるわけでもない青年がこのようなアイディアを思いついたのか。

 

それが気になって仕方なくなった。

 

きっかけは、世界中で踊るアメリカ人

 

桑原さんが動画投稿を始めたきっかけは、一人のアメリカ人がつくる動画だったという。

 

その小太りの男性は、世界のあらゆるところでただ、変なダンスを踊っていた。

最初は一人で踊っていた男性。

 

しかし、回を重ねるごとに、動画を見た世界中のファンたちが一緒に踊りだし、そこにはなんとも幸せそうな時間が流れていた。

 

ただ変な踊りをみんなで踊っているだけなのに、人はこんなにも仲良くしあわせになれるんだ。

 

そう思った桑原さんが自分もあんな風にピースフルな動画を作りたいと試行錯誤を重ねて閃いたアイディアがフリーハグだったということのようだ。

 

日本のテレビが伝えないリアル

 

ユーチューブのいいところ。

それは政治的な忖度や権力による圧力などからからフリーなところ。

 

個人が思いついて、動画にしてバズれば、

誰が何と言おうと価値を生み出してしまえるところ。

 

 

とはいえ、桑原さんの動画を国営放送のドキュメンタリーで知るというのも皮肉な話なんだけれど、

それでも、あたかも極寒のように冷え切った関係で過去最悪とも言われる日韓関係を自作自演する報道番組よりよほど真実に近い両国民のリアルな姿を映しているように思えた。

 

子供たちはもちろん、政治的な思想に無垢な若い世代がハグを返してくれるのは比較的想像できたのだけれど、感動的だったのが、50代60代といったシニア世代までもが桑原さんにハグを返し、

日本語で

「愛しています」

「日本 韓国 大丈夫」

などとメッセージを送ってくれたシーン。

 

一人の勇気ある青年の思いつきが、確実に民間レベル、市民同士での日韓関係の心の溝を埋める懸け橋になってくれた瞬間を目の当たりにした気がする。マジで久々に号泣した。

 

フリーハグはフリーハグのままでいい

 

フリーハグの動画がバズッたことで、大学などから講演の依頼を受けるようになった桑原さん。

すると、ちょっと困ったことになった。

 

あなたは日韓関係をどう思っているのか。

あなたは安倍政権の政策を支持するのか。

 

そんな風に、日韓関係を改善する旗振り役というかオピニオンリーダー的な役割を周囲から期待されるようになってしまったのだ。

 

当の桑原さんは、ぶっちゃけそこまで深くは考えていなかった、というと失礼かもしれないけれど、ただ

反日デモをしている韓国でフリーハグを求めたらどうなるのか…

 

という好奇心とユーチューバーとしての嗅覚で動画を作ってみたら思いのほか反響をよんで今に至るというのが正直な実情なんじゃないだろうか。

 

たとえば、歌手でも歌が売れれば、歌詞を深読みするファンは出てくる、小説にしたってそう。

桑原さんにしても、フリーハグに政治的なメッセージやその先を期待された。

本人はとても困惑している様子だったけれど。

 

 

ただ、たとえば大学教授などの知識人と呼ばれる人たちが桑原さんを自分のフィールドに引きずり込んで(心の中でニヤニヤしながら)マウントをとろうとするかのように専門的な議論を吹っ掛けようとするのはかっこ悪いなと思った。まさにお門違いもいいところ。

 

まずそもそも、フリーハグというアイディアを閃いて、命の危険も顧みずに現地に飛び込んで多くの人を感動させた事実だけを噛み締めればいいのに。やろうたってそうそうできることじゃないんだから。

 

 

おわりに

 

番組の終盤、桑原さんの作る動画に共感し制作を手伝っているという韓国人の友人が彼にかけた言葉が印象的だった(桑原さんはそのタイミングで自分が思っている以上に自分に求められる役割が大きく複雑になってきているとその友人に困惑しながら語っていた)。

 

「君は、そのままでいいと思う。そのままで、フリーハグだけで君が思っている以上に多くの人をハッピーにしているのだから」

 

本当にその通り。

その一人は私だ。

 

番組の最後、それまで視聴者ウケを狙い無防備さを演出するためにつけていたアイマスクを外し、動画すら取らずに今年8月以来できなかったというフリーハグを行った桑原さん。

 

その姿は、当たり前のことだけれど、忘れがちなことを思いださせてくれた。

 

ハグは、友情や愛情のあかしとしてするもの。

 

もちろん、バズるためのパフォーマンスはこれからもしてくれていいと思う。

それでハグに加われない多くの人が動画にひきつけられハッピーなうねりが巻き起こるのだから。

 

ただ、数カ月ぶりに街角に立ちハグの意味を再確認したように見えた桑原さんには、

もう動画を作る必要はなくなったのかもしれない…そんなことも併せて感じたりもした。

 

いずれにせよ、両国に平和を。

 

それでは、また。