え?”金のために”書いてたの?そりゃ、つまんねえわけだわ。

ブログ

どうも、レボログ(@revolog_T)です。

 

突然ですが、

どうも、最近書くことが楽しくない(笑。

というか、シンドイ。

 

こういう時は黙って休めばよいのだろうけど、どうも何かに急き立てられているような気がして、気が休まらない。

 

書けない…のに…休めない…。

このダブルパンチはなかなかキツイ(笑

 

 

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なぜ、書くことがつまらなくなったのか?

 

そんなことをぼんやりと考えながらネットサーフィンしていたら、ポジ熊さんという方が書いたこんな記事が目に留まりました。

 

しばらくして、読了…。

以下、その感想がしばし続きます。

 

(感想ここから)

 

そうだ、そうなんだよ。

 

”ブログで稼ぐ”

”どうやったらブログの広告収入を増やせるんだろう”

 

最近は、気が付いたらそんなことばかり考えていたのだ。

そして、思ったような収益を上げられない現実を前に、だいぶダウナーな気分へと落ち込んでいたのだ。

 

そりゃ、手詰まりになるわ。

 

(ここまで(短っ))

ブログは1000記事書いたところからがスタート

 

とあるブロガーのとあるエントリーでこの言葉に出くわし、まるでハンマーで頭をぶん殴られたようにグラリ驚嘆して以来、

今も、この言葉が私の頭の中を漂っていて離れない。

 

ちなみに、このブログの記事数は現在300記事ちょっとで、まだまだ3分の1にも届いていない。つまりスタートラインにすら立っていないということになる。

 

「え?別に1000記事書かなくてもよくね?その前に、収益とか上がるでしょ?」

 

確かにそういうケースもあるんでしょうよ。

 

ただ、1000記事っていう数字は、ブログを書くということを、歯を磨くのと同じくらい当たり前のこととして日常に溶け込ませるために必要な記事数なのではないかと思っている。

 

1000記事というと、1日1記事なら3年弱、2記事でも一年半くらいはかかる計算になる。

つまり、ポイントは、記事数というよりもむしろ、それだけの期間コンスタントに記事を書き続けるということの方なのだ。

 

そうやって1000記事を書き上げた頃には、もうネタ探しに苦慮するなんてレベルは通り越して、日常のちょっとした違和感や、ひっかかりから、まるで呼吸をするかのように気づいたらブログを書きあげていることだろう(まあ、それが面白いかどうかは別として)。

 

そのころまでに、このブログにどんな紆余曲折や変化があるのかはまったく想像もつかないけれど、それはそれで、そのときまでの楽しみにとっておくこととして。

とりあえずは、

あまり余計なこと(SEOがどうだとか…まあ、大事なんだろうけど)とか、自分が書くことを楽しめなくなるような打算的な考えは脇に置いておいて、ふとした瞬間に感じたことだったり、面白いと思った他の人のアイディアだったり、本のことだったり、失敗談だったり…

まあ、結局はなんでもありの雑記ということになるんだろうけど(;・∀・)

ここでいったん原点に立ち返って、純粋に書くことを楽しんでいこうかなと、そんなことを思った次第でっす。

 

気になった記事をもうひとつ

 

実は、ポジ熊さんの記事を読むきっかけとなった記事(分かりにくくてスミマセン)も気になったので、ここで合わせてご紹介します。

 www.motomurahajime.com 
ページが見つかりませんでした – ホテル・技評リゾート石垣島
http://www.motomurahajime.com/entry/2017/01/06/070000

 

なろほど。

自らのメンタルを守るために、他のブロガーの瘴気にあたらないように気を付ける…か。

 

よく、ライバルのいいところは真似すべしだとか、あまり好きではない相手からでも学ぶことはある…ということが言われるけれど、

 

自分の自意識が不快な方向に反応してしまうような記事は敢えて読まず、自分が好きなブログ記事、共感できる記事を読むだけでも十分成長や学びにつながるという視点はなかなか興味深いすな。

 

そもそも、世に数多あるブログ記事の中に、いったいどれだけ他者の啓発のための利他的な記事が流布しているのか…という疑問は前々から私の中にもあったのだけれど、

実際のところ、大半は、愚痴か、自慢か、とりとめもない日記のどれかだと思うわけで、

そうなると、わざわざ不愉快な気持ちを我慢してまで読み通す価値があるのかは正直よく分からない。

 

というか、不愉快な気持ちを我慢して、

つまり、「うわ~読みたくねえ~」という本能を押し殺して、ストイック(?)にいろんな有名ブロガーの記事を漁ったとして、果たして、それが最良の学びにつながるのかな?

 

ブログを100%ビジネスとして捉えるのなら、そういう我慢も必要なことなのかもしれないけれど、楽しむために書くというなら、そんな必要は全くないという気もする。

 

というか、たとえば、ある方法でブログで収益を上げられるようになったとして、

その方法を紹介していたブロガーが、あまり自分とは合わない価値観の持ち主だったとしたら、収益を観るたんびにそのブロガーのことが脳裏にチラつく気がして、私ならあまりうれしくない。

 

どうせ成功するなら、心から納得できるスタイルで成功したいし。

まあ、RⅡより陸王を履いてレースに臨みたいってとこでしょうかね(笑

 

 

たとえば、歴史の年号がなかなか覚えられないのも、それが興味のない退屈なものだからだろうし、逆に、好きなポケモンやアイドルの名前ならあっという間に覚えてしまうということもあるだろうし。

 

結局、なんでも”好き”であるという感覚のもと、習得していくのがベストだと思うんですが、甘いですかね?

 

私のように、メンタルが豆腐でできている人間からすると、どうしても、不愉快な状態からはできるだけ距離をおきたくなるわけで、それはブログの記事であっても当てはまるわけです。

 

目下、私のブロガーとして目標は”書き続けること”にあるわけですから、メンタルや体調をいい状態に保っておくためにも、

 

「このスタイル、好きやわ~」

と思える記事を厳選して、自分にないものは学ばせていただき、

 

瘴気を放つ毒記事(私にとって毒という意味で、その記事自体はスバラシイのかもしれない)は、出来る限りスルーする方針でいこうかなと(笑

 

いいんですよ、どうせ、ブログを書くことに関しては、ゴールも正解もひとつじゃないんですから。

自分が気持ちいいと思える環境で続けるのがイチバンです。

 

 

それでは、また。