ベーシックインカムについて~あなたは賛成?それとも反対?~

どうも、タカハシです。

先ほど、youtubeで、

【ベーシックインカム特集】ダボス会議2018 お金がタダでもらえたら?

というタイトルの動画を見ていたので、今回はそれについて思ったことなどを少々。

ベーシックインカㇺって、そもそも何?

ベーシックインカムとは、すべての国民に、ある決められた期間ごとに決められた金額を支給する制度のこと。

たとえば、毎月7万円を支給します。

とかそんな感じ。

「ベーシックインカム(BI)が導入されることで、人々は、経済的な不安からはある程度解放され、そこで安心して自分の興味関心のある分野に注力することが可能となる。」

なるほど、素晴らしいじゃない。

「ベーシックインカムが導入されることで、現在、経済的な理由で起業できない2分の1~4分の1の人たちがリスクをとってチャレンジできるようになる。」

なるほど、素晴らしいじゃない。

ただ、このベーシックインカム、

ヨーロッパでは、スイスなど導入の是非を問う国民投票を行う段階まで議論が進んでいる国もある一方、日本ではあまり議論が盛り上がっていないという…。

ベーシックインカムが日本人に受けない理由

「今から金の心配なんかすることなく、好きなことなんでもしていいですよ。」

もし、そう言われたら、どうしよう…。

そんな不安を抱えている日本人って多分かなり多いと思う。

え?不安じゃなくて、憧れの間違いだろって?

いやいや、不安でいいのですよ。

特に、毎日仕事に追われて、

「自分の欲求と向き合うなんて、そんなヒマはねえ!」

という方の場合は、その傾向はより顕著だと思います。

自分が本当に何がしたいのか?

それを本当に探し当てるのって、結構大変なんじゃないでしょうか。

定年まで働きづめで、いざ退職後、

「好きなことしていいよ。」と言われても、

「何をしたらいいのか、わからない・・・」

といって愕然とする、なんて話も割とよく耳にしますし。

だから、BIが導入された先に待っている、自分で自分の好きなことを見つけて、自発的に何かに挑戦しなければならない、生きがいを作り出していかなければならない世界は、実は日本人の多くが(こころの底では)望んでいないのではないかと思うのです。

え、私?私は120%望んでいる派、つまりは少数派(笑。

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お金の心配がいらないなら、何がしたい?

とはいえ、こう聞かれて、即答できる答えの一つくらいは、誰でも持っておくべきだと思う。

あ、できれば、

寝たい!

とか

何もしたくない!

という休息系のもの以外でね(笑

もし、すぐに答えが出てこないという場合は、ちょっと立ち止まって生き方を見直してみてもいいのかなと。

やはり自分の本来やりたいことを見失うほどに仕事に追われた状態というのは、あまり健全な状態とも思えないので(その仕事を心から楽しんでいるのなら別だけど)。

私が何をするか、はアンタが決めることじゃない。

ベーシックインカムは、単にお金を配るということではなく、自分のやりたいことを自由にやっていい世界、というものを目指した方策だ(といいなあ)と思う。

それに対して、職業訓練の充実だとか、最低賃金の底上げだとかってのは、結局やりたくないことを我慢してやらなければならない、という状況に変化はもたらさないだろうから、どうしたって魅力がうっすい(笑

これは色眼鏡なんだろうけど、冒頭紹介した動画で、銀行家二人がBIに反対しているというのは、どうも立場的なもの(を守りたいだけ)にしかみえない(笑

「これからは生涯学習が必要」というが、それも結局、企業側の論理で、使える人材を養成するためのものに過ぎなくて、およそ個人の興味関心だとか、生きがいだとかで学ぶ対象を選べるものではない気がする。

となると、単純な肉体労働や接客業のようなものがAIに代替された後で、より高度化した職能を身につけなければならないという、今よりさらにしんどい(過酷な競争が待っている)状況が生まれるだけだと思う。

なぜなら、高度化した労働では、個人に課される情報処理、あるいは事務処理の量が一気に跳ね上がるので、ボーとすることなど許されず(そもそも、ボーっとしながらできる仕事はAIにとってかわられるので)精神的ストレスの度合いが今とは比較にならないと考えられるからだ。

というか、多くの労働者が苦しくなるだけなら(あるいは職を失うのなら)、なんのためのテクノロジーの進歩なのだろう?という疑問はどうしても湧いてくる。

AIが作り出した富をBIとして人々に還元する…というか人間がやりたくない仕事をAIに肩代わりしてもらって、その分人間は、好きなことをする、というのがそもそもの出発点だったんじゃないの?

そうではなくて、富裕層、あるいは支配階級が庶民からより効率的に搾取する仕組みとしてAIが機能するだけなら、それはまさにディストピアでしかない。

そして、最終的には、シンギュラリティを突破して、支配階級も含めた人類全体がAIに支配されるとしたら、それはもはや悲劇を通り越して喜劇なんじゃ?

いや、ワンチャン、AIが理性的な富の再分配をしてくれることで、割かし人類にとっても生きやすい世界になるのかもしれないけど(笑

今できないなら、多分未来永劫出来ないでしょ。

多分、ベーシックインカムは、やろうと思えば(技術的には)今すぐできることなんだろうと思う。

でも、現実的には、富裕層だったり、現状BI以上に年金をもらっている高齢者だったりが反対するから、(政治コスト的に?)実現は難しいのだろうと思う。

こういう現実を目の当たりにすると、人って、口では人類全体の幸福なんて言っておきながら、結局自分のことしか考えていないんだよね、というのがよく分かる。お年寄りたちは、何十年も生きてきて、一体何を学んできたのだろうか?魂の成長とか…利他の精神とか、考えたことも無かったのかな?

まあ、これは、私がマスメディアや一部の偏った思想の持ち主たちから刷り込まれただけのイメージかもしれないから、一概には言えないし、思いやりのあるお年寄りもたくさんいるのは分かってるんだけど…どうしてもね、選挙結果とかだけ見ると、明白なので。

技術的には可能。でも、自分のことしか考えられない人が多すぎて実現不可能。

それなら、どれだけテクノロジーが進歩しても、人類はいつまでも不平等を解消できないし(むしろ拡大していくし)、多くの人は自由にも幸福にもなれない道理になってしまう。それってなんか悲しくない?

AI時代のシゴトとライフスタイル

今人間がやってる仕事の半分くらいはAIが代わりにやるようになる。どうやら、これは、ほぼ確定した未来予想図らしい。

だとすると、大量の失業者が出て、その人たちはどうやって生活していくのか、という話にそのままいけば繋がりそうだ。

そうなったら、どうやったってベーシックインカムのようなものを導入せざるを得なくなると思うんだけど…。

これとの比較でよく言われるのが、かつて、産業革命や明治維新の際、シゴトがなくなったかというとそうではなく、また別のシゴトが生み出されたでしょ?という話。

なんだけれど、今回は、その人間を一部職能で凌駕するAIという要素が加わるので、その増えた仕事の大半も多分AIがやっちゃうんだよなあ。

言い方は失礼かもしれないが、

そもそも、AIに代替されるようなシゴトをしていた人たちが、AIにはできないような高度な労働にすぐに対応できるものだろうか?

できたとして、それはものすごくストレスの高い、うつ病患者を大量生産するような、オーバースペックな労働になりはしないだろうか?

少なくとも、そういう生き方を強いられるのって、あんまり幸せそうじゃない。

もちろん、頑張りたい人は頑張ればいいし、でも、ちょっとゆっくりしたい人は、質素でもいいからのんびり暮らしたい、そういう自由なライフスタイルを個人が選べるようにするためにもベーシックインカム、良いと思うんですけどね。

というか、現状生み出される仕事の多くが、人間が生きるために必ずしも必要なものではなく、本来ないところから無理やり消費者の欲望を喚起させるような形で消費行動を促し利益を上げようとしているものがほとんどなので…構造上、これから多くの人の受け皿になるような画一的な労働のパイを劇的に増やしていく、という発想にはたぶん無理がある。

むしろ、これからは、個人が価値を見出す対象が即シゴトになるような時代になると思っていて、そうなると、ますますそれぞれがやりたいことを追求して、その結果、その人にしか思いつかない下らなくも楽しいアイディアがいろんなところで芽吹いていった方が、まあ楽しそうだし、効率もいいんじゃないかな。皆さんはどうお考え?

それじゃ、また。