やる気スイッチをオフってみたら~前編~

メンタル

今日はなんだかやる気が出ない。
といいつつ、ブログだけは何とか書いている。

世間では、どうも「やる気」というものがモテはやされているらしい。

 

「あなたのやる気スイッチはどこですか?」
そんなCMも割と好意的に受け止められていたようだ。

やる気ってそもそも何だろう?

では、それほど世の中からやたらといいね!されている「やる気」って一体何なのだろう。
やる気…元気…イ・・・それはさておき、
やる気というとまず真っ先に思い浮かぶのが受験勉強。

お受験戦争と言われるほど苛烈な例のアレだ。

 

頭に必勝の八巻を巻いた子供たちが、講師に煽られて
エイエイオ~!と勝ちどきを上げる異様な光景。
まさに決戦前夜。

あの子供たちの中に勉強が好きでたまらないという子供はいったいどれくらいいるのだろうか。ふとそんなことを思う。

一方で、国語辞典のやる気の項目には彼らのイラストを載せなければと思うほど、
彼らはやる気を体現しているようにも見える。

そういえば、タイトルにも冠した「やる気スイッチ」という言葉も、もともとは、ある塾のCMが発祥だったっけ…みんな、やれば出来る子。

それでも、私はどうしてもあの光景を微笑ましく見守るなどという気にはなれない。
それはなぜだろうかと考えてみる。

その答えはきっと、今回テーマとして取り上げた「やる気」の本質に関わることなのだろう。

やる気が必要なとき

 

よし!やるぞ!
と気合一発、やる気を振り絞るのはどんなときだろうか。

・夏休みの宿題をラスト3日で片づけなければならないとき
・これからバイトの面接に向かうとき
・締め切りの迫った仕事にとりかかる前
・上司から呼び出しを受けて部屋に入る直前

などなど。

こうして一般的にやる気が必要そうなものを上げてみると、
やる気を必要とするのは、あまり気乗りしないことに向かう前であることが多いようだ。

もしかして、やる気は「やりたくないこと」と何か関連があるのかもしれない。

やる気とストレス

 

私自身は、どうしてもやらなければならいことがあって、無理やりやる気を奮い立たせるようなときには、心身ともにものすごくストレスを感じる。その後、しばらく体調を崩すことも珍しくはない。

うつ病になりやすいのも人一倍頑張り屋さんが多いと聞く。
その場は、しのげても後々ド~ンとツケが回ってくるということか…やる気スイッチはまさに諸刃の剣なのだ。

いろいろと異論はあるだろうけど、思いついたまま

やる気を必要とする=ストレスをためやすい
やる気を必要としない=ストレスが少ない

のように単純化してみたとする。

やる気を必要とするシチュエーションについては先ほどみたので、
ここではやる気を必要としない状態について考えてみたい。

やる気が必要ないってどんな感じ?

 

イメージとして、真っ先に思い浮かんだのが、自分の好きなことをしているときのことだ。

理由は単純。
好きなことをするのに、やる気は必要なかったから。

子供のころ、私はとにかくミニカーが大好きだった。

特に、クレーン車やタンクローリー、ミキサー車や消防車などのいわゆる「はたらく車」が大好きで車の図鑑などは何時間でも見ていられたし、今では信じられないような記憶力を発揮して、本の内容を余裕で諳(そら)んじることもできた。

そして、そこに”やる気”は全く必要なかった。

ご飯だからと母親から止められても、駄々をコネて読み続けたくらい熱中していたのだから、今思うとちょっと異常なくらいのめりこんでいた。

でも、もしこれが、たとえばおままごととか、お人形さん遊びとか全然興味のない分野だったらどうだろう。きっと5分も続けられなかったのではないだろうか。

子供だから、嫌いなことを歯を食いしばってでも続けることはしなかっただろうけど、
もし、自我や理性が発達した子供で、我慢して続けていたら、さぞやる気スイッチを連打しなければならなかったに違いない。あぁ、考えただけでストレスフル。

日本人が陥りがちな”やる気”の罠

 

だとすると、常日頃から”やるぞ!”などと気合を入れて生活しているのは、一見、立派なようでいて実際は、本来の自分の適性や興味とずれた生き方をしているという意味で、あまり自分を大事にしていないということにはならないだろうか。

嫌いだ、やりたくない、メンドクサイ。
そんな思いが心のどこかにあるから、何とかやる気を出してそれをやり遂げなければならなくなるのだ。なんでも頑張ってやり遂げることを良しとする空気は、いい加減取っ払ってもいい頃だろう。

「バカ野郎!努力に逃げてんじゃねえ!」
これは、ドランクドラゴンの鈴木が放った一言だが、なかなかパンチの効いた名言ではないだろうか。

そもそも、”努力”や”やる気”を絶えず意識しなければならない事柄というのは、ハッキリ言ってその人に向いていない可能性が高い。例えるならば、周りが平地のグラウンドで徒競走をしている中で、ひとりだけ坂道を上っているようなもの。そこで歯を食いしばって進み続けるという選択もできるが、思い切って路線変更してみることで、自分にとってお気に入りのコースが見つかるかもしれない。

それでは、また次回。