Bリーグは新時代幕開けの狼煙となるか

いよいよ、Bリーグ開幕が間近に迫ってきた。

バスケットボールファンとしては、某ワイドなバラエティー番組を始め、日本のテレビメディアでこれだけメバスケットボールが取り上げられていること自体が嬉しいことである。
今の日本のバスケットボールの現状は、サッカーでたとえると、ちょうどJリーグ発足前と似ている。

それまでは、サッカーで日本が世界と対等に闘うなど夢のまた夢だった。

しかし、Jリーグの発足により、サッカー人気に火が付くと、日本のサッカーのレベルは劇的な進歩を遂げ、今ではワールドカップ出場は当然、世界のトップチームで活躍する選手まで登場している。

バスケットボールも、サッカー同様、日本人が世界で活躍する時代がやってくることを期待せずにはいられない。

ただし、バスケットボールは、日本人にとってサッカーよりも身体的なハンディが大きいスポーツでもある。

NBAは怪物たちの集いし”異次元”のリーグ

世界最高峰のリーグであるNBAでは選手の平均身長が2メートルを超える。

まさに、選ばれた超人のみが立つことのできる夢舞台だといえよう。
かつて、そのNBAの舞台に立った日本人がひとりだけいる。
元フィニックスサンズの田臥勇太選手だ。

彼が高校生の頃からのファンで、その活躍に注目していた私としては、これ以上嬉しいことはなかった。
当然、NBAの舞台でも、彼がドリブルやパスで旋風を巻き起こすことを期待していた。
だが、実際にプレイしている様子を目にすると、

逆に、NBAの次元の違いを痛感することになった。

日本では、スーパースターであった田臥が、ボールをフロントコートに運ぶのさえ苦しそうに見える。相手がリーグ屈指のトッププレイヤーたちなら話はまだ分かる。だがマッチアップするのは、ほとんどが消化試合を戦う控え選手たちである。実際わずか数分の出場時間のうちにTOを繰り返していた。

また、得意のレイアップも、長身選手のプレッシャーの前にリングにすら当たらず、距離の伸びたスリーポイントは、セットシュートで打つという始末(入りはしたが、あれではチェックされたら打つことさえ難しかっただろう)。

ファンというひいき目を通しても、勝負が決まった終盤に、まるで大人の中に子供が混じってプレイさせてもらっているかのようだった。実際にそれによって、短時間のうちに随分点差が縮められてしまったように記憶している。

同時期に田臥としのぎを削り、その後も長くNBA選手として活躍したアール・ボイキンス(身長168センチ)や、バルボーサなど、NBAで生き残り活躍するプレイヤーは、たとえ身長は低くても、みなこれぞプロ!という雰囲気を持っているものだ。

それは打った瞬間入ると感じさせるような安定したシュートフォームであったり、長身選手を前にしても臆せずゴール下に切り込みレイアップを決める技術の高さであったり、あるいはフルコートでプレスに来られようが苦にせずフロントコートまでボールを運べるフィジカルやハンドリングスキルであったり…まるで、自分がそのレベルでプレイするのは当然だ!といわんばかり、そんな自信がみなぎっているのだ。

残念ながら、田臥選手のプレイにその雰囲気は感じられなかった。

むしろ、怯えや自信の無さが迷いとなり、それがTOにつながっているように見えた。

身長が低く、身体能力に劣るのであれば、当然それ以外の部分で秀でていなければならない

しかし、残念なことにボールハンドリングや、アウトサイドシュートの正確さにおいても、体格で勝る外国の選手の方が上回っているように見えた。日本人トップレベルの技術を持つ田臥でさえそうなのだ。日本のレベルは推して知るべしである。

日本人が目指すべきプレイヤー

ジョーダンやレブロン、コービーといった圧倒的な身体能力を持つプレイヤーたちには誰もが一度は憧れるものだ。しかし、日本人が現段階で彼らを目標にするのは現実的ではないだろう。

圧倒的なまでのシュートの正確さ、パス技術、ボールハンドリング技術の精度、そしてチーム成功率が9割にせまるようなフリースローの決定率。

そんな、身体接触が少ない部分でのプレイの精度を上げていくことこそ、日本のバスケットボールが世界に対する上で取るべき道なのではないだろうか。

かつて、田臥がいたフィニックスサンズでポイントガードをつとめていたスティーブナッシュという選手がいる。彼は身長も190センチ、白人のプレイヤーで、決して身体能力に優れたプレイヤーというわけではない。

しかし、その圧倒的なシュート力とドリブル、そして背中に目があると称されるようなパス技術の高さで、2年連続リーグMVPに選ばれるという史上稀に見る快挙をなし遂げた。

190センチは確かに一般的には高身長だが、日本人でもこのサイズのガードは珍しくはない。
また、かつてジョーダンとしのぎを削った伝説的なガード、ジョンストックトンは、185センチである。

こちらも史上最高ともいわれるパスの名手で、しかも決定率4割を超えるスリーポイントの名手でもあった。ちなみに通算スティール数も歴代1位。ディフェンスにおいても、クレバーさ(ダーティーさ?)で身体能力をカバーしていたまさにお手本のような選手である。

彼らに共通しているのは、まず得点力の高さ

名ポイントガードとうわたれ、どうしても、パスばかり注目されがちな彼らだが、それは優れた得点力があればこそだ。いずれも平均得点は余裕で2ケタを越え、1試合で20点以上取ることも珍しくはない。

優れたスコアラー、とりわけアウトサイドのシュート力が抜きんでているからこそ、ディフェンスはタイトにマッチアップせざるをえず、そうなると、自然と味方のノーマークも生まれやすくなり、彼らのパスもより生きてくるというわけだ。

また、アウトサイドシュートやパスといった技術は、体力で劣る日本人にもハンディが少ない。いやむしろ、技術を磨くことを得意とする日本人にはアドバンテージがあるとさえいえるのではないか。

いずれにせよ、ただでさえ体力で差があるのに、技術で負けていたらお話にならない。

韓国U-17代表が見せた快挙

2016年6月に行われたU-17世界選手権で、韓国代表チームが、予選でフランスらヨーロッパの強豪を撃破し、ベスト8に進出する快挙を達成した。

韓国は長年日本ともライバル関係にあり、身長や身体能力的には差が無いチームだと言える。
戦前の予想通り、フィジカルで優位に立つ海外チームとの対戦では、リバウンドやゴール下などインサイドでは、終始分が悪い戦いを強いられていた。

リバウンドを取られれば、再び相手にシュートチャンスが生まれる。
FGAで言えば、おそらく相手チームの方が韓国よりも1.5倍から2倍近くあったのではないだろうか。

にも関わらず、体格で勝るヨーロッパのチームに勝利してしまったのだ。
いったい、その勝因どこにあったのだろうか。

特に際立っていたのは、韓国チームのアウトサイドシュートの正確さである。

2メートル近い長身選手を含め、各選手が外のプレイに長け、
チームでの3ポイントのパーセンテージは他のチームを圧倒していた。

日本では、2メートル近い長身選手は一様にセンターなどインサイドプレイヤーとして育成される傾向にある。しかし、身体能力と身長がものをいうセンターというポジションで日本人が世界的に通用するかといえば、可能性は低いと言わざるをえない。

おそらく、韓国は、育成段階から、世界で勝つための戦略を練っていたのだろう。
チーム全員が優れたアウトサイドシューターであることで、フィジカルのハンディを克服し、見事勝利を収めていた。

A代表はもちろん、どの年代の代表であれ、日本がフランスの代表チームに勝つなど今までは、考えらないことだった。少なくとも20点差以上つけられて大敗するのが今のレベルだろう。

ちなみに、2014年に行われたU-17世界選手権では、日本はフランスに51-96と大敗している。ゆえに、U-17とはいえ、韓国代表チームがヨーロッパの強豪相手に勝利したことは、日本にとっていい刺激となったはずだ。また、チームとして正確なアウトサイドシュートという武器があれば、勝機が見いだせるという点も大いに参考になったに違いない。

Bリーグはバスケ新時代の狼煙(のろし)となるか

かつて、Jリーグの発足当時には、ジーコやストイコビッチなど、世界のトッププレイヤーが各チームに名を連ね、そのプレイを見て育った日本人の子供たちの中から、世界に通用するプレイヤー達が育っていった。

Bリーグでも、NBAのトッププレイヤーを目玉として呼ぶことができれば、大いに刺激になることだろう。

そこで世界レベルに触れた子供たちの中から、やがては未来のNBAプレイヤーが誕生することになるかもしれない。

以前、NBAのあるコーチが日本に指導に来た際に、
世界ナンバーワンのシューターが日本人であっても不思議ではないと思っている」という発言をしていた。

おそらく、この言葉は、日本が世界と対等に渡り合っていく上でのヒントを示唆しているものだろう。

また、アメリカのコーチが日本の高校生のトッププレイヤーたちに指導に来た際にも、「日本の子たちには、バスケットボールは重そうに見える。まずは筋トレから始めよう。」と言ったという話しも聞こえてくる。

技術的にも、体力的にも、日本と世界のレベルとでは、まだまだ大き隔たりがあるのは事実だ。

しかし、ジェレミーリンなど、アジア系アメリカ人がNBAで活躍する様子は、日本人もいつか!という思いを掻き立てるに十分なものだ。

Bリーグが起爆剤となり、かつてのサッカーがそうであったように、今後10年で日本のバスケットボールのレベルが飛躍的に進歩することを願わずにはいられない。

それでは、また。